ヒト幹細胞の商業化は可能なのか?
2025. 10. 14
ヒト幹細胞の商業化は可能なのか?

Q:バイオ医薬品産業が目覚ましい発展を遂げている今日、ヒト幹細胞はこの産業に不可欠な「原材料」として、極めて重要な役割を果たしている。難治性疾患に対する新たな治療法を提供するだけでなく、再生医療や個別化医療の革新を推進する原動力にもなっている。新薬開発や疾病メカニズムの研究分野においても、幹細胞技術の応用により、バイオ医薬品産業のイノベーションが加速され、関連する検査機器や治療技術の進歩も促進されている。このように、ヒト幹細胞の価値が一層高まる中で、重要な課題が浮上してきている。それは、ヒト幹細胞の商業化は可能なのか、という問題である。
1. 典型的な事例
ヒト幹細胞の商業化に関する法的判断は、各国の現行法規に基づいて行われなければならない。上海市第一中級人民法院(裁判所)で審理された幹細胞売買契約紛争事件(上海市第一中級人民法院(2020)滬01民終4321号民事判決)は、この問題に対する中国司法の立場を明確に示している。本事件は、「ヒト胎盤由来の間葉系幹細胞」30単位を1単位あたり3万5千元で購入する契約締結に基づく争議で、具体的な取引内容としては、聚仁公司が呉XX氏の委託を受けて幹細胞の培養を行い、その後、幹細胞投与のための施設を提供するというものであった。しかし、呉XX氏が前払金を支払った後、聚仁公司は引渡義務を履行しなかったことで争議となった。上海第一中級人民法院は、この幹細胞売買契約は社会公共の利益を害するものとして無効であると判断し、本契約に基づいて得られた財産の返還を命じる終審判決を下した。
裁判所はこの判決理由の中で、幹細胞が持つ4つの重要な属性(性質)を明らかにしている。第一に、ヒトに由来するものとしての特殊な「生物学的性質」を持つ、第二に、新しい生物学的治療技術としての「規制管理の性質」を持つ、第三に、医療ニーズに応えるための臨床研究と応用に関わる「市場的性質」を持つ、そして第四に、幹細胞に関する管理規制がもたらす「公共の利益に関わる性質」を持つ。生物学的性質にもとづいて、中国では「幹細胞臨床研究管理弁法(試行)」を規定し、その中で、幹細胞臨床研究を実施する医療機関に対して関連費用の徴収を禁止し、また幹細胞臨床研究に関する広告の直接的または間接的な掲載も認めていない。そのため、裁判所は人体から採取された幹細胞は、法律上は直接的に取引の対象物とすることはできないと判断した。規制管理、市場、公共利益に関わる性質からは、裁判所は次のような判断を示した。幹細胞臨床研究を行うには、まず適切な資格を取得し、臨床研究の立案と届出を行う必要がある。また、当該「幹細胞」をヒトに使用する場合には、臨床試験を経るか医薬品としての販売承認を得ていなければならず、または医療技術として臨床応用されるものでなければならず、直接的に臨床応用することは禁止されているとした。しかしながら、本件において聚仁公司は、幹細胞臨床研究機関としての資格を有しておらず、幹細胞製剤や関連医薬品の研究・製造・販売に従事する企業でもなかった。また、本件での幹細胞投与は臨床応用の要件を満たしていなかった。これは幹細胞の直接的な臨床応用に該当し、国の禁止規定への厳重な違反行為であり、倫理規範に背くもので、国の医療監督制度を損ない、不特定多数の生命・健康・安全を脅かすものであり、社会公共の利益を害するものであった。これらの理由により、裁判所は本件契約を無効と判断した。
2. コメント
本件に対する詳細な分析において、二つの核心的な問題に注目する必要がある。一つ目は、ヒト幹細胞の法的地位の確定(これは生物学的性質に相当)、二つ目は、ヒト幹細胞の臨床応用における適法性の問題(これは残りの3つの性質に相当)である。裁判所は二つ目の問題について、現行法規に厳格に従って判断を下しており、その判決理由は十分な根拠を持っている。しかしながら、ヒト幹細胞の法的地位の認定に関する裁判所の解釈については、さらなる検討の余地が残されている。
具体的に言えば、本件において、裁判所は「ヒト幹細胞」の解釈を過度に単純化し、自然状態の幹細胞と同一視してしまった。確かに、自然状態のヒト幹細胞は人体の一部であり、人間は法的取引の対象ではなく権利の主体であるという原則から、その売買は法律上禁止されている。民法典第1007条においても、ヒト細胞、組織、臓器、遺体の売買を一切禁止し、これに違反する取引は無効とされている。
しかし、本件における重要な論点は、契約の目的物が結局、何であったかという点である。それは自然状態の幹細胞なのか、それとも聚仁公司が培養・加工した幹細胞なのか。この区別は、ヒト幹細胞の法的性質を正確に定義する上で極めて重要である。残念ながら、中国の現行法では、この二つの類型の幹細胞を明確に区別していない。実務では、ヒト幹細胞を一律に「生物的性質」を持つものとして扱い、その売買を全面的に禁止している。しかし、このアプローチで、バイオ医薬品産業における原材料としてのヒト幹細胞の市場需要に対応できるのか、深刻な疑問が残る。両者の違いは明確である。自然状態の幹細胞の典型的な使用例は骨髄移植で、骨髄や末梢血から採取した未加工の幹細胞を直接利用する治療法である。このような幹細胞は本来の生物学的性質を保持しており、その売買は当然禁止され、骨髄は提供(ドナー)制度によってのみ入手可能である。一方、バイオ医薬品産業で使用される幹細胞は、多くの場合、人工的な培養や加工を経ている。日本では、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(安確法)」と「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」において「特定細胞加工物」という概念を導入し、自然状態の幹細胞とは異なる扱いをしている。特定細胞加工物の製造は、再生医療等を実施する医療機関内での製造と、外部の細胞培養加工施設への委託製造の二つの方式がある。厚生労働省は、基準を満たす海外機関にも製造許可を与えており、例えば中国の済民製薬グループ傘下の海南済民博鳌国際病院国際再生医学研究センターも、特定細胞加工物製造認定書を取得している。
3. むすび
中国の現行法制度では、培養・加工されたヒト幹細胞の独立した法的地位が明確に規定されていないため、司法実務では依然としてこれを自然状態のヒト幹細胞と同様に扱い、民法典等に基づいてその売買を禁止している。さらに、本件で問題となった企業のような事業者は、幹細胞の加工資格や臨床応用に関する法令遵守の面で不十分であり、このことが民間での取引を否定的に評価する根拠をより強固なものとしている。しかしながら、将来を見据えると、バイオ医薬品産業の規範化された発展に伴い、自然状態のヒト幹細胞と加工された幹細胞製品との法的地位を区別し、後者については一定の条件下で商業化を認める方向性が望ましいと考えられる。

