医薬品イノベーションの新地平― 中国における試験データ保護制度の進化と展望
2025. 3. 31
医薬品イノベーションの新地平― 中国における試験データ保護制度の進化と展望

ダン・リーグ法律事務所
日系企業法律サービスセンター
ヘルスケアチーム
于佳佳 弁護士
法学博士(東京大学)
中国国家薬品監督管理局(以下、「NMPA」)は2025年3月19日、「医薬品試験データ保護実施方法(試行)」及び「医薬品試験データ保護作業手順」の意見募集案を公表した。医薬品試験データ保護(以下、「データ保護」)は、特許の有無にかかわらず、後発医薬品の申請者が保護対象となる新薬等の試験データを援用することを一定期間制限する制度である。本稿では、この意見募集案の公表を契機として、中国におけるデータ保護制度について解説する。
1.データ保護に関するTRIPS協定等
新薬開発過程で得られる試験データは、新薬承認における必須要件として規制当局への提出が義務付けられている。そのため、データ保護は、製薬企業による革新的な研究開発への投資価値を担保する重要な制度的基盤となっている。
新薬開発を先導する米国及び欧州は、いち早くデータ保護制度を確立している。日本でも新薬承認後の「再審査期間制度」が導入されており、実質的にデータ保護制度と同等の機能を果たしている。
本制度は1994年、WTOのTRIPS協定において明文化された。TRIPS協定第39.3条は、加盟国に対し、新規化学物質を含む医薬品等の市販承認において未公開の試験データ等の提出を求める場合、当該データの取得に相当な努力を要するものについては、不当な商業的利用からの保護を義務付けている。また、公衆保護の必要性がある場合や、不当な商業的利用の防止措置が講じられている場合を除き、当該データの開示からの保護も要求している。
本条項は、製薬企業が多大な時間的・経済的投資により得た試験データの保護に関する国際的規範を定めるものである。ただし、具体的な保護方法及び保護期間については明確な規定がなく、加盟国の裁量に委ねられている。
2.中国におけるデータ保護制度の整備
中国は、TRIPS協定第39.3条の履行義務に基づき、2002年の「医薬品管理法実施条例」において、新規化学物質を含む医薬品に対する最長6年間のデータ保護制度を導入した。2018年4月、NMPAは「医薬品試験データ保護実施方法(暫定)(意見募集案)」を公表し、革新的新薬、革新的治療用生物製剤、希少疾病用医薬品、小児用医薬品、特許チャレンジに成功した後発医薬品の5分類に対し、最長12年間のデータ保護期間を提案したが、当該案は最終的な施行に至らなかった。
「医薬品管理法実施条例(2024改正)」(2025年1月20日施行)では、2002年版のデータ保護規定を第34条として維持し、最長保護期間を引き続き6年間と定めている。2025年3月19日、NMPAは医薬品イノベーションと後発医薬品開発の促進を目的として、関連法規及び国際的知見に基づく新たな「医薬品試験データ保護実施方法(試行)」の意見募集案を公表した。
新たな意見募集案では、以下の点が示されている。①保護対象となるデータは、新規化学物質を含む医薬品及び要件を満たすその他医薬品の承認時に、申請者がNMPAに提出する「独自に取得した未開示の試験データ等」である。②保護期間中、MAHの同意なく、他社が当該データに依拠して承認申請または補充申請を行うことは認められない。ただし、他社が独自にデータを取得した場合はこの限りではない。③データ保護期間は国内承認取得日から起算され、最長6年を超えない。革新的新薬は6年間、改良型新薬、(海外既承認・国内未承認の先発医薬品について)最初に承認を取得する後発医薬品(海外製造品を含む)(以下、「最初の後発医薬品」)、生物製剤は3年間の保護が付与される。
注目すべき点として、新規適応症の開発に対するデータ保護も導入された。革新的新薬が同一承認番号で複数の適応症を取得する場合、各適応症は区分に応じて個別に保護され、新規適応症の保護範囲は当該適応症の承認根拠となる臨床試験データに限定される。
また、海外既承認の革新的新薬及び改良型新薬については、保護期間から「中国での薬事承認申請受理日と海外での最初の薬事承認取得日との時間差」が控除される。これにより、海外新薬の中国市場への早期参入を促進する仕組みが構築される。
3.特許制度とは異なる保護の仕組み
データ保護制度を先駆的に導入した米国及びEUでは、「データ排他性」という考え方に基づいて制度を運用している。中国の意見募集案もこの考え方を踏襲している。ここでいう排他性は、データそのものへのアクセスを制限するものではなく(この点で営業秘密保護とは性質が異なる)、保護期間中に他社が保護対象データに依拠して自社製品の承認申請を行うことを制限するものである。
データ保護制度は、特許制度とは本質的に異なる特徴を持っている。①特許制度が発明や創造を保護対象とするのに対し、データ保護制度は自社で取得した未開示の試験データを保護する。②特許では新規性、進歩性、産業上の利用可能性という厳格な要件が求められるが、データ保護では、データが自主的に取得され、かつ未開示であることのみが要件となる。③特許が強い排他的権利を付与するのに対し、データ保護制度は他社による独自のデータ生成を法的に制限するものではないため、市場に対する制限的な効果は相対的に小さい。④保護期間の起算点も、特許が出願日から計算されるのに対し、データ保護は医薬品の承認取得日を起点とする。
医薬品が特許による保護を受けていない場合、データ保護制度は特許の代替として機能する。新薬開発や新規適応症の研究に莫大な時間と費用を投じる製薬企業にとって、重要な知的財産保護の手段となる。一方、特許制度が適用される場合には、データ保護制度は追加的な保護メカニズムとして働く。
4.特許制度との連携
中国は1990年代初頭に医薬品特許制度を確立した。
「特許法(2020年改正)」(2021年6月1日施行)第76条では「医薬品パテントリンケージ(patent linkage)制度」が正式に規定された。これを受けて、NMPAと国家知的財産局は2021年7月4日に「医薬品特許紛争早期解決メカニズム実施弁法(試行)」を公布し、その第11条第1項で化学医薬品について最初の後発医薬品に対して12ヶ月の市場独占期間を付与することを明確に規定した(ただし、この独占期間はその先発医薬品の特許権存続期間を超えない)。これらの最初の後発医薬品についてはデータ保護制度も適用可能である。
特許権存続期間は一般的に20年であるが、新薬開発の長期化に鑑み、薬事承認審査期間を補完するため、「特許法(2020年改正)」第42条第2項で初めて「特許権存続期間延長制度」が導入された。ただし、延長期間は5年を超えず、新薬承認後の特許権存続期間は14年を超えないものとされている。新薬開発に極めて長期間を要し、新薬承認時点で特許権存続期間のほとんどが経過している場合、データ保護は特許権存続期間満了後も継続的な保護を提供できる。
しかし、データ保護期間は必ずしも長ければ長いほど良いというわけではない。米国、欧州、日本の保護期間設定と比較して、中国が現在最長6年と設定しているのは、慎重な姿勢の表れである。データ保護においては、革新的医薬品企業と後発医薬品企業の利益、公衆衛生と産業発展のバランスを取る必要がある。中国は依然として世界最大級の後発医薬品市場であり、データ保護期間の長期化は国内後発医薬品企業に過度な市場参入障壁を設けることになりかねない。これは、データ保護期間が長期化すると、先発医薬品の特許権存続期間が満了しても、後発医薬品企業はデータ保護期間の終了を待たなければないためである。また、最初の後発医薬品が特許チャレンジに成功したとしても、先発医薬品のデータ保護期間満了まで上市できない状況となる。
さらに、海外既承認の革新的新薬や改良型新薬については、データ保護期間から「中国での薬事承認申請受理日と海外での最初の薬事承認取得日との時間差」を差し引くことが設けられている。これも中国国内での後発医薬品の迅速な上市を促進するための措置として見られる。
5.おわりに
以上のように、データ保護制度は特許制度と区別される新薬の知的財産保護制度として、イノベーション保護と競争促進の間で微妙なバランスを図るものである。中国の制度は、国際ルールを遵守しつつ国内医薬品産業の実情を考慮した慎重な設計となっており、今後の医薬品イノベーションと後発医薬品の調和的な発展を支える制度的基盤として機能することが期待される。