米CFIUSによる外資審査制度
2025. 1. 16
米CFIUSによる外資審査制度

弁護士 于佳佳
2024年12月、米国鉄鋼大手USスチールの買収を巡って、日本製鉄との間で合意が成立した。しかしながら、対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States、CFIUS)内での全会一致が得られなかったため、最終判断はバイデン大統領に委ねられることとなった。その結果、2025年1月3日、バイデン大統領は国家安全保障上の懸念を理由として、当該買収計画を禁止する大統領令を発出するに至った。
この買収案を踏まえ、安全保障の観点から米国の外資審査制度について概観したい。
1、法的根拠とその変遷
米国は外資審査制度を世界に先駆けて整備した国として知られている。その嚆矢となったのが1917年に制定された対敵通商法であり、同法は国家安全保障及び戦略産業の保護を目的とした外資審査の基礎を築いた。
第二次世界大戦後には、1950年国防生産法が制定された。同法の第721条によって国防安全保障の観点からの外資審査が本格的に実施されることとなった。
その後、2007年に外国投資国家安全保障法(FINSA)が制定され(2008年11月正式に採択)、これにより現在の米国における外資審査制度の基本的な枠組みが形成された。
2018年には外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)が成立し、FINSAに規定されていた審査対象や審査手続きが大幅に拡充されることとなり、外資審査制度は一層強化された。
さらに2024年11月18日、CFIUSの議長機関である財務省は新たな最終規則を公表した。これは2018年のFIRRMA施行後、初めての本格的な規則改正であり、審査手続きの厳格化や制裁・執行権限の強化を通じて、安全保障上のリスクにより効果的に対応することを目指すものとなっている。
2、審査機関と審査範囲
CFIUSは、外国による対米投資が国家安全保障に及ぼす影響を審査する機関として、1975年に設立された。同委員会は財務長官を議長とする省庁横断的な組織であり、財務省を含む9つの省庁・機関(財務省、法務省、国土安全保障省、商務省、国防総省、国務省、エネルギー省、通商代表部、大統領府科学技術政策局)の代表者が議決権を持つメンバーとして参画している。
CFIUSは、外国主体と米国企業との間で行われる取引について、①支配権の取得を伴う取引(Control Transactions)、②一般投資ケース(Investments)、③不動産取引(Real Estate Transactions)の3類型に関する審査権限を有している。
CFIUSは産業分野において、重要技術、重要インフラストラクチャー、または機密性の高い個人データを扱う米国企業(いわゆるTID企業)への外国投資を重点的に監視している。具体的には、国防、輸出規制品目、原子力施設・技術、毒物・医薬品、先端・基盤技術、インフラ、通信、エネルギー、そして米国居住者の機密性の高い個人データを取り扱う企業が対象となる。これらの産業分野への投資には、必ず事前届出が義務付けられている。
審査プロセスは個別案件ごとに実施され、第一段階の予備審査、第二段階の詳細調査、そして最終段階の大統領判断という三段階で構成されている。予備審査において安全保障上の懸念が指摘された場合、あるいは追加的な情報収集が必要と判断された場合には、詳細調査が開始される。詳細調査の結果、懸念が払拭されない案件については大統領判断に付される。大統領は当該取引の差止めまたは禁止を決定する権限を有しており、注目すべき点として、この決定は司法審査の対象外とされている。
3、中国企業による買収を対象とする審査案
中国企業による買収を対象とする審査案を見てみよう。
2005年の中国海洋石油(China National Offshore Oil Corporation, CNOOC)によるUnocal買収案では、CNOOCは185億ドルの現金で米国のUnocal社の買収を試みた。しかし、米国ホワイトハウスは6月27日、CNOOCによるUnocal買収には安全保障審査を実施する必要があると表明した。結局、CNOOCは2005年8月に買収を正式に断念することとなった。
また、福建宏芯投資基金(Fujian Grand Chip Investment Fund, FGCIF)によるドイツの半導体製造装置メーカーであるAixtron社への買収も注目に値す。FGCIFは、ドイツ子会社のGrand Chip Investment GmbHを通じて、Aixtron社の株式の約65%の取得を目指した。Aixtron社は米国に子会社を持つドイツの半導体装置メーカーであり、米国法の管轄下にあった。CFIUSの審査では、Aixtron社の保有する技術と知見が軍事転用されるリスクがあり、同社の米国での事業活動を通じて得られた知識や経験が国家安全保障に影響を及ぼす可能性があると結論付けられた。これを受けて、2016年12月、当時のバラク・オバマ大統領はCFIUSの審査結論に基づき、大統領令を発動してAixtron社の買収案を中止させた。
4、今後の展望と課題
アメリカの外資審査制度の発展は、現在の国際環境において、経済安全保障が国家安全保障の重要な構成要素となっていることを示している。
最近の日本製鉄による米国鉄鋼大手USスチールの買収案の否決は、伝統的な同盟国からの投資であっても、国家安全保障上の懸念がある場合には同様に審査の障壁に直面する可能性があることを示している。
このような傾向は、グローバル化が進む中で、各国が国家の核心的利益の保護と投資の自由化促進との間で新たなバランスを模索していることを反映している。今後は、国家安全保障の要請と国際経済の発展をいかに両立させていくかが、国際経済秩序における重要な課題となるであろう。