合理的な配置転換は経営権の範囲内

2021. 6. 21

合理的な配置転換は経営権の範囲内

【事実概要】
   2017年8月に入社した孫氏と甲社とは無固定期間労働契約を締結し、孫氏は某直轄市で「支援補助職」として具体的には「財務、予算管理、及びその他の管理業務」を担当するほか、「会社は経営上の必要によって孫氏の職務、業務内容及び勤務地等を変更できる」と定めた。
   入社後に孫氏は甲社の某区にある開発センターの財務人事等の補助職に配属されたが、2019年7月1日に甲社は生産経営と管理上の必要により各地センターの業務負担を軽減するために、各地センターの財務業務を本社の財務部に集約した。それに伴い、孫氏は開発センターでのすべての財務書類の引継ぎを行った。
   甲社は孫氏と協議し、開発センターでの他の業務を提案したが、孫氏は配置転換を断り、近隣地区にある本社の人事関係業務に配属された。7月末に孫氏は元の勤務地で元の職務につくことを会社に求め、双方に争議が生じた。本事例は、孫氏による甲社に対する労働契約を継続して履行し、元の勤務地において元の職務に勤務でいることを要求するものである。

【処理結果】
   孫氏の請求は棄却された。

【事例分析】
一、 労働契約の変更には必ず双方の合意が必要か?
   「労働契約法」第35条によると、「使用者と労働者は協議一致により労働契約の内容を変更できる。労働契約の変更は、書面によらなければならない」と規定している。したがって、原則として、労働契約の変更には使用者と労働者の合意を要する。しかし、この規定は協議一致しない変更がすべて無効である意味ではない。実際には、労働契約の履行過程で状況に変化が生じれば、契約双方の権利義務そのものも調整が必要となりうる。そのため、使用者に具体的な状況に応じて労働契約を適切に変更することを認めるべきだとなるが、その権利の執行は、厳格な制限と司法審査を受けなければならない。

二、 労働契約に「使用者は生産経営の必要に応じて配置転換できる」と定めることができるのか?
   「労働契約法」第3条は、「労働契約の締結は、合法、公平、平等、自由意志、協議一致、誠実信用の原則を遵守しなければならない。法により締結された労働契約は拘束力を有し、使用者と労働者は労働契約で定める義務を履行しなければならない」と定めている。すなわち、労働契約で「使用者は生産経営の必要に応じて、従業員の職務を調整する権利がある」と定めていれば、双方による真実の意思表示として双方が等しく履行すべきと理解できる。

三、 使用者は自由に配置転換権を行使できるのか?
   「中華人民共和国就業促進法」第8条によれば、「使用者は法により雇用自主権を有する」と規定している。使用者が市場主体として、その生産経営上の必要に応じて労働者の職務、勤務地を適切に調整することは、雇用自主権を行使する重要な事項であり、正常な生産経営に不可欠である。しかしながら、使用者が思いのままに一方的に配置転換できることを示しているものではなく、その権利を行使する際には、合理性の原則を遵守しなければならない。

四、 「合理性の原則」はどう判断するのか?
   職務調整は使用者の雇用自主権ではあるが、使用者は職務調整の合理性を証明する責任を負わなくてはならない。本事例と実務での経験から、職務または勤務地の調整の合理性の判断は、通常、以下のポイントが考慮される。
1. 生産経営上の必要に基づいているか
   生産経営における必要とは、生産経営の拡張または縮小、生産経営製品の変化、設備の更新及び内部構造の調整と最適化などの状況と理解できる。本事案では、甲社が各地センターの業務負担を軽減するために、各地センターの財務業務を本社の財務部で統一管理することは、生産経営にとって必要があると認めることができる。
2. 労働者に対して差別的、侮辱的であるかどうか
   ある会社のベテラン企画社員である丙が妊娠していることを理由に月給9000元のままにトイレ掃除係に配置されたことが社会的な注目を集めたが、この会社の職務調整行為は合理性を欠くだけでなく、「侮辱的、差別的」でもある。本事案では、勤務地と業務内容の調整について、甲社は孫氏と意思疎通を図り、元の勤務地で適切な職務を提供するなどの複数の選択肢を提示しており、孫氏の労働者としての権利を十分に尊重していると言える。
3. 労働報酬及びその他の労働条件に大きな影響を及ぼすかどうか
   一般に使用者による職務管理には職務に伴う報酬が含まれ、報酬も職務によって変動するものであるため、職務変更後に賃金待遇を決して変えてはならない、上昇はあっても引下げてはならないということではない。合理的な賃金調整は認められている。
4. 職務への労働者の適任性
   労働者が新しい職務で相応の経験を備えているか否かは労働者の業績と個人利益に直接関係し、経験がない職務への調整は合理性を欠くと見なされる可能性がある。本事案では、調整後の人事職は孫氏の従来の職務と性質的に近く、孫氏にも完全に適任性がある。
5. 勤務地が不便となる変更に使用者は支援または補償を提供すべきか
   本事案では、孫氏の調整後の勤務地も交通の便が良い市内に位置し、通勤時間が少し長くなるが、大きな不利益が生じたと認めるには十分でなく、労働者権益が侵害されているとも言えない。
以上の要因を総合して、孫氏の請求は棄却された。

   上記で示したように、使用者は自身の経営自主権を保護されるべきであるが、同時にその行使にあたっては、生産経営上の必要性、職務調整の合理性、労働契約の内容などを総合的に考慮してから、合理的な職務調整を行うことがより望ましい。
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